外壁塗装の始まりって?塗装の豆知識をご紹介!

外壁塗装の始まりって?塗装の豆知識をご紹介!

今でこそ当たり前となった外壁塗装ですが、建築物への塗装がいつから行われるようになったのか疑問に思ったことはありませんか?

塗料の歴史は非常に長く人類の有史以前から使われていたのですが、当時は外壁塗装以外の目的で使われていました。

そこで今回は塗料がどのように進化し外壁塗装に使われるようになったのか、その歴史について見ていきましょう。

古代の塗料・日本の塗料

人類が古くから塗料を使っていたと確認できるのは洞窟の壁画です。

この頃の塗料は動物の血液や植物の樹液と色土やすすなどを混ぜ合わせて作られていたため、赤系始めとした茶色や黒、黄色が主な色彩でした。

それから時代が進むと鉱物を原料にするようになり、ラピスラズリやトルコ石が青い顔料として好まれていたものの希少価値が高く入手困難であったため、古代エジプト人は身近なものから人口顔料である「エジプシャンブルー」を生み出しました。

一方日本の塗料の歴史は約6000年前にまで遡ると今でも使われている「漆」にたどり着きます。

各地の遺跡では漆が塗られた土器や武器が出土しており、縄文時代にはすでに漆を塗料として使っていたことが分かっています。

弥生時代以降になると日本でも顔料が使われるようになり、鮮やかな橙色の「鉛丹」や赤い塗料の「辰砂」を始めとした塗料に加え、鉱物や植物由来の様々な顔料が使用されるようになりました。

日本の外壁塗装

かつての日本の建築物は板壁や土壁であり、外壁を塗装すると言う概念はほとんどありませんでした。

その中でも神社仏閣には内外ともに漆が塗られています。

現代では漆がひび割れや変色を起こしやすい点や高価であることから安価なウレタンで塗装を行っているところもあります。

また、神社や鳥居によく見られる朱色は丹塗りと呼ばれ、今でも伝統的な丹塗りにこだわっている神社仏閣もあります。

ただし、丹塗りは原料が鉛と水銀であることから、現在では合成樹脂で塗装しているところが多いようです。

西洋の塗装が日本へ

開国とともに日本には様々な西洋文化が流入しましたが、この時西洋式の塗料も日本にやってきました。

外国人との交渉の場を西洋に合わせるため建築塗装を行うのですが、はじめの塗装はあまりにも酷い仕上がりでした。

そこで黒船からペンキとボイル油を入手し、船員からの指導を受けて出来上がった応接所で日米和親条約が結ばれた歴史があります。

これが日本人による初めての西洋式外壁塗装でした。

国産塗料の誕生

明治14年には茂木春太、重次郎兄弟により後の日本ペイントである日本初の塗料製造会社「光明社」が設立されます。

白粉の開発を依頼された経緯からのちに亜鉛華を使用した国産の固練ペイントの製造に成功すると、その後も塗料の開発を続けボイル油・固練ペイント、油ワニス、船底塗料が日清・日露戦争を契機に普及していきました。

これらの亜鉛華をを使用した塗料は耐候性などはよくなかったものの、昭和40年頃までの長い間に渡って使われ続けました。

その後昭和20年代には合成樹脂エマルジョン技術、昭和30年代には樹脂リシン、昭和40年代には吹付タイル、昭和50年代には弾性タイルなど塗料は飛躍的な進化を遂げ、現代の遮熱や断熱、防カビ、透湿など様々な機能を持った塗料へと進化していったのです。

最後に

ちなみにペンキとは「オランダ語のPEKが訛った」「英語のPEINTが訛った」など呼び方の由来には諸説あるようです。

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